密やかに君を思う（山ヒバ）

仮タイトル、乙女チックララバイ。
っていうかアップ直前までそのタイトルにしようと思ってい…げふげふ。

「どこが乙女チック？」という感想はひっそりと胸に秘めたまま墓場まで持っていってください。

楽しそうに僕じゃない誰かのことを語る君は好きじゃない。
「でよ、ツナがバスケボール顔面で受けてよー。なんでかいつも力出し惜しみし
てんだよなぁ」
「………」
僕がろくに返事を返さないことを気にも止めないでべらべらと喋り続ける君を、
僕は忌々しく思いながら内容をすべて聞き流しその声色だけを楽しむ。
気紛れのようにやって来ては一人勝手に喋って帰って行くこの男の喉を何度潰し
てやろうと思ったかわからない。
僕のこと以外を語る言葉なんて聞きたくない。言えないようにしてやろうか。
でも君の声自体は僕はとても気に入っているからそんなこと出来ずに、今日も僕
は僕を苛立たせるだけの言葉に耐える。
でも何故だか今日は無性に苛々して、君の言葉じゃない君の音を聞いているのだ
と思おうとしても耐えられなくて、この手が君を噛み殺してしまう前に君を排除
することにした。
「んで極寺が…」
「君」
「あ？」
言葉を遮ったのに嫌な顔ひとつしないで、君は僕を見た。
「何？」
「ネクタイ」
「ネクタイ？」
「ちゃんと締めて。校則違反だよ。風紀委員長の前だってこと忘れないでくれる
？」
「あー…」
そう言ってやれば君は目を泳がせて、第一ボタンの外れてる喉元に人差し指をか
けた。足りない頭で必死で言い訳を考えてるようだ。
何を今更と思ってる？今まで見て見ぬふりしてきたのにって。
今日こんな時のためだよ。有無をいわさず君をこの部屋から追い出すため。
今日の僕が振りかざしてるのは正論だからろくな言い訳も思い付かないらしい君
にトンファーを突き付けて、一歩また一歩戸口に追い詰めていく。
僕自らの手で戸を開けてやって作り笑顔でさようならの挨拶。引きつった笑顔の
君はなかなか出ようとしないから蹴り出して鞄を投げ付けてやって戸を締めた。
小さく溜め息をついて、先ほどまで彼が座っていたソファと対になってる方に僕
は座り込む。
「………」
背もたれに頭を乗せて天井を仰いだ。
さっきまでの彼の笑顔を思い出す。
笑いながら彼がしていたのは赤ん坊と一緒にいるよく分からない子と煙草の子の
話だった。
前は野球部の話。その前は父親の話。さらにその前は僕の知らない外人の話。
話してる時の彼はいつも笑顔。きっと彼は他の人と話す時も笑顔。
でもきっと僕の話を他の人とすることはなくて、する時はいくら彼でも笑顔じゃ
ないんだろう。
だって彼といて彼が笑って話せるようなこと何一つ僕はしていない。わかってる
。一緒にいてもつまらない存在。
いつこんな僕に愛想を尽かして彼がこの部屋にこなくなるかも分からない。
なのに僕は変わろうとしない。変わることを恐れて、彼に甘えてるんだ。
彼が此所にくるのは、彼は僕のことが好きで僕と此所にいることが幸せだから、
なんて傲慢なこと言えはしないけど。
僕が此所にいるのは、僕は彼のことが好きで彼と此所にいることが幸せだからな
んだよ。
僕はいつからこんなこと思うようになったんだろう。
群れるのは嫌いなんだ。君にも群れてなんて欲しくない。だから君が他の誰かと
群れたりしないように世界中の人をこの世から消し去ってしまいたいけど、そん
なことになったら彼は僕のところからも離れてしまうんだろうな。
彼はきっと本来一人でも生きていける人だから。
どうすればいいんだろう。どうなればいいんだろう。
答えの出ない堂々巡りの疑問を並べ立て積み上げて、いつか崩れ落ちるのを待っ
ている。
知らず零れた溜め息と同時にまた彼の笑顔が脳裏に浮かんだ。
―――あぁ。


君にあんな風に笑って語ってもらえる人が、僕だったら良かったのにな。