いろいろ置き場
なんか暗かったりするのが多いよ。あとは気に食わないから表に置こうとは思わないんだけどせっかく書いたからとかいうもの置き場。
2010.03.29
朝の折原家はそれなりに忙しい。自分の仕度に加えて幼い妹達が髪を結ってくれとせがんでくるので、臨也は順番に二人の髪をとかして結んでやる。
それなりに手慣れてきた行為ではあるが、今日は特別だった。
何故なら左腕が使えない。骨折して宙づりにしているというのに妹達は構わず結んで結んでと言ってくるのだから堪ったものではない。腕がこうだから結べないと見せてやっても「イザ兄なら大丈夫だよ!出来るからやって!」と笑顔で櫛とゴムを押し付けられた。
みつあみがいいと言うのを無視しておさげにしてやる。
もう一人の髪をとかしている最中に呼び鈴が鳴った。
「誰だよこんな朝から…。マイル出てー。勧誘と集金なら親はいないで切っていいから」
「はいはーい!」
おさげ姿の自分を眺めていたマイルが跳びはねるようにしてインターホンに手を伸ばした。
それを視界の隅に入れながら臨也はクルリの髪を右手と、使えない左手で必死に纏めようとしていた。
「イザ兄ー」
「何」
「イザ兄いますかー、だって」
「誰」
「どちらさまですかー?」
やっとクルリの髪を綺麗に束ねて後は結ぶだけになったとき、マイルは言った。
「平和島静雄、だって!」
次の瞬間、クルリの髪はするりと臨也の手から離れていた。
平和島静雄という『化け物』を相手にするときは、命懸けの追いかけっこを楽しむ余裕を持てど、隙を見せてはならない。
そんなことは分かっていた。分かっていたが、飛び出した先に子供がいた。自分の、歳の離れた妹達よりも小さな女の子だった。ついそちらに意識が向いてしまった。
突然目の前に現れた臨也を不思議そうに見上げているこの子を巻き込まないようにしなければ。そう思ったのは本当に一瞬だったのに、彼はその隙を見逃すこともなく幼女に気付かないまま臨也の黒い学ランの襟を右手で捕まえ、左手で拳を作ると思いきり薄い身体に叩き込んだ。
左腕に当たる。臨也の身体は勢いのまま吹っ飛ばされるところであったが、静雄の手が襟を掴んだままだったのでそれは免れた。首に痛い程の力がかかる。
(痛ー…。あー、これは折れたね。絶対折れた。だって超痛いし動かないし)
半分宙づりにされたまま、臨也は冷静に自分の状態を分析した。
あの子はどうしただろう。見ればなにが起こったのか分かっていないようで大きな瞳を丸くして臨也を見つめていた。小さな口もぽかんと開いているから、本当にびっくりしたのだろう。
そんな彼女に笑いかけて無事である右手を振ってやる。ハッと我に返ったらしい少女は臨也を見て、それから臨也の後ろにいる静雄を見上げて、びくりと身体をすくませると泣きそうな顔をして駆けていった。
怪我がなさそうでなによりだ。もしかしたら今の光景はトラウマになってしまうかもしれないけれど、いや逆に衝撃的すぎて寝たら忘れるかもしれない。
目の前で人間が殴られるなんて、普通に生活していればなかなか見られない光景だろう。ましてやあの子はごくごく普通の少女だった。
少女が立ち去ったのを見送っていると、臨也の身体は解放された。
「いて」
前向きに倒れ込んだことで膝を打ち付けた。右手で身体を支え、地面に座り込んだまま真後ろにいる静雄に目をやった。
小馬鹿にしたような笑みを浮かべて言ってやる。
「ぷー、シズちゃんビビられてやんの。まぁそうだよね。今のは違ったけど、平気で標識ぶん投げるような化け物、ちっちゃい子じゃなくたって怖いもんねぇ」
「臨也、手前…」
「何処から持ってきたんだか知らないけど、そこの標識ちゃんと元の場所に戻しときなよ。標識は必要だからそこにあるの。なきゃ困るだろ?」
「今腕…」
「じゃあ俺はもう行くよ。今日はもう追いかけてこないでね。いくら俺のこと見掛けるとつい追いかけたくなっちゃうほど大好きだからって、俺はシズちゃんの相手してあげられるほど暇じゃないんだ。ほら、宿題もあるし?」
立ち上がって右手で膝や尻の砂を払う。何処か呆然とした様子の静雄は何か言うことも、追って来ることもなかった。
なのに、どうしてこうなった。
自分の鞄と臨也の鞄を持って隣を歩く静雄を視界に入れぬようにして臨也は歩いていた。
『腕、折れてんだろ』
彼はそう言って臨也の鞄を奪い、先を歩いていった。
(確かにね、確かに俺はシズちゃんに殴られて腕折れたよ。折れたけど利き腕じゃないしっていうか今まで標識とか机とかいろいろ投げられてきたしぶつけられて肋骨とか折ってくれたりもしたけど全然気にしてくれなかったじゃん。いや別に気にしてほしいわけじゃないけど)
開口一番「鞄持ってやる」なんて恐怖以外の何物でもない。
ちらりと静雄を見れば、静雄は何を考えているのか全く読めない表情でむっすりと口を閉ざして前を向いていた。
「オイ」
「何」
「腕、いつ治んだよ」
「え…」
視線すら向けられず問い掛けられ、臨也は目を瞬かせた。
そうだ、そもそも何故こいつは自分が腕を折ったことを知っているのだろう。まさか新羅が言ったのだろうかと考えたが、それはないとすぐに切り捨てる。
家のなかでこそ腕を三角巾で吊ってきたが、静雄の前ではそんな姿を晒していない。ギプスだって目立たないものがいいと注文をつけた結果、添え木に包帯と応急処置みたいなことしかしてもらっていない。
(あぁ、直接殴られたから分かったのかな)
普段は物をぶつけられるばかりだ。自分が逃げ回るせいだが、素手で殴られることは少ない。
自分が殴り付けたものの、骨が折れる感触というのはどのように伝わるのだろう。恐らく一生自分には縁のない感覚だ。
罪悪感なんてものを感じているのだろうか。そんな、今更なものを。
(…変な奴…)
まじまじと見つめていると静雄の顔がどんどん険しいものになっていく。拳に力が込められていくのが分かった。
「オイ、答えろ」
返事をしなかった臨也に静雄が低く催促をする。
それを受けて、臨也はにっこりと笑った。
「一生治らないかもね」
そしたらずっと、こうして朝喧嘩もせず一緒に学校行けるかな。
(まぁ新羅に聞かれて全治1ヶ月ってバレましたけど)
それなりに手慣れてきた行為ではあるが、今日は特別だった。
何故なら左腕が使えない。骨折して宙づりにしているというのに妹達は構わず結んで結んでと言ってくるのだから堪ったものではない。腕がこうだから結べないと見せてやっても「イザ兄なら大丈夫だよ!出来るからやって!」と笑顔で櫛とゴムを押し付けられた。
みつあみがいいと言うのを無視しておさげにしてやる。
もう一人の髪をとかしている最中に呼び鈴が鳴った。
「誰だよこんな朝から…。マイル出てー。勧誘と集金なら親はいないで切っていいから」
「はいはーい!」
おさげ姿の自分を眺めていたマイルが跳びはねるようにしてインターホンに手を伸ばした。
それを視界の隅に入れながら臨也はクルリの髪を右手と、使えない左手で必死に纏めようとしていた。
「イザ兄ー」
「何」
「イザ兄いますかー、だって」
「誰」
「どちらさまですかー?」
やっとクルリの髪を綺麗に束ねて後は結ぶだけになったとき、マイルは言った。
「平和島静雄、だって!」
次の瞬間、クルリの髪はするりと臨也の手から離れていた。
平和島静雄という『化け物』を相手にするときは、命懸けの追いかけっこを楽しむ余裕を持てど、隙を見せてはならない。
そんなことは分かっていた。分かっていたが、飛び出した先に子供がいた。自分の、歳の離れた妹達よりも小さな女の子だった。ついそちらに意識が向いてしまった。
突然目の前に現れた臨也を不思議そうに見上げているこの子を巻き込まないようにしなければ。そう思ったのは本当に一瞬だったのに、彼はその隙を見逃すこともなく幼女に気付かないまま臨也の黒い学ランの襟を右手で捕まえ、左手で拳を作ると思いきり薄い身体に叩き込んだ。
左腕に当たる。臨也の身体は勢いのまま吹っ飛ばされるところであったが、静雄の手が襟を掴んだままだったのでそれは免れた。首に痛い程の力がかかる。
(痛ー…。あー、これは折れたね。絶対折れた。だって超痛いし動かないし)
半分宙づりにされたまま、臨也は冷静に自分の状態を分析した。
あの子はどうしただろう。見ればなにが起こったのか分かっていないようで大きな瞳を丸くして臨也を見つめていた。小さな口もぽかんと開いているから、本当にびっくりしたのだろう。
そんな彼女に笑いかけて無事である右手を振ってやる。ハッと我に返ったらしい少女は臨也を見て、それから臨也の後ろにいる静雄を見上げて、びくりと身体をすくませると泣きそうな顔をして駆けていった。
怪我がなさそうでなによりだ。もしかしたら今の光景はトラウマになってしまうかもしれないけれど、いや逆に衝撃的すぎて寝たら忘れるかもしれない。
目の前で人間が殴られるなんて、普通に生活していればなかなか見られない光景だろう。ましてやあの子はごくごく普通の少女だった。
少女が立ち去ったのを見送っていると、臨也の身体は解放された。
「いて」
前向きに倒れ込んだことで膝を打ち付けた。右手で身体を支え、地面に座り込んだまま真後ろにいる静雄に目をやった。
小馬鹿にしたような笑みを浮かべて言ってやる。
「ぷー、シズちゃんビビられてやんの。まぁそうだよね。今のは違ったけど、平気で標識ぶん投げるような化け物、ちっちゃい子じゃなくたって怖いもんねぇ」
「臨也、手前…」
「何処から持ってきたんだか知らないけど、そこの標識ちゃんと元の場所に戻しときなよ。標識は必要だからそこにあるの。なきゃ困るだろ?」
「今腕…」
「じゃあ俺はもう行くよ。今日はもう追いかけてこないでね。いくら俺のこと見掛けるとつい追いかけたくなっちゃうほど大好きだからって、俺はシズちゃんの相手してあげられるほど暇じゃないんだ。ほら、宿題もあるし?」
立ち上がって右手で膝や尻の砂を払う。何処か呆然とした様子の静雄は何か言うことも、追って来ることもなかった。
なのに、どうしてこうなった。
自分の鞄と臨也の鞄を持って隣を歩く静雄を視界に入れぬようにして臨也は歩いていた。
『腕、折れてんだろ』
彼はそう言って臨也の鞄を奪い、先を歩いていった。
(確かにね、確かに俺はシズちゃんに殴られて腕折れたよ。折れたけど利き腕じゃないしっていうか今まで標識とか机とかいろいろ投げられてきたしぶつけられて肋骨とか折ってくれたりもしたけど全然気にしてくれなかったじゃん。いや別に気にしてほしいわけじゃないけど)
開口一番「鞄持ってやる」なんて恐怖以外の何物でもない。
ちらりと静雄を見れば、静雄は何を考えているのか全く読めない表情でむっすりと口を閉ざして前を向いていた。
「オイ」
「何」
「腕、いつ治んだよ」
「え…」
視線すら向けられず問い掛けられ、臨也は目を瞬かせた。
そうだ、そもそも何故こいつは自分が腕を折ったことを知っているのだろう。まさか新羅が言ったのだろうかと考えたが、それはないとすぐに切り捨てる。
家のなかでこそ腕を三角巾で吊ってきたが、静雄の前ではそんな姿を晒していない。ギプスだって目立たないものがいいと注文をつけた結果、添え木に包帯と応急処置みたいなことしかしてもらっていない。
(あぁ、直接殴られたから分かったのかな)
普段は物をぶつけられるばかりだ。自分が逃げ回るせいだが、素手で殴られることは少ない。
自分が殴り付けたものの、骨が折れる感触というのはどのように伝わるのだろう。恐らく一生自分には縁のない感覚だ。
罪悪感なんてものを感じているのだろうか。そんな、今更なものを。
(…変な奴…)
まじまじと見つめていると静雄の顔がどんどん険しいものになっていく。拳に力が込められていくのが分かった。
「オイ、答えろ」
返事をしなかった臨也に静雄が低く催促をする。
それを受けて、臨也はにっこりと笑った。
「一生治らないかもね」
そしたらずっと、こうして朝喧嘩もせず一緒に学校行けるかな。
(まぁ新羅に聞かれて全治1ヶ月ってバレましたけど)
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