いろいろ置き場
なんか暗かったりするのが多いよ。あとは気に食わないから表に置こうとは思わないんだけどせっかく書いたからとかいうもの置き場。
2007.01.27
番外編的な。
「…またか」
「………また、です」
怒りオーラを放つ庵の前で京は小さくなっていました。
何がまたかと言いますと、草薙京は傘を無くしてくることにかけては達人の領域
、つまり傘を無くしたのです。
もう今シーズンだけで何本傘を無くしたかわかりません。出かける度に無くしま
す。
今回は恐らく学校帰りに寄ったゲーセンに忘れて来てしまったのでしょう。気付
いたら手に持っていませんでした。
今月も家計はピンチ。京の傘などに金を使いたくはないのです。ですが、傘を与
えずびしょ濡れになり風邪を引かれて病院代、薬代の出費も困ります。馬鹿は風
邪を引かないなんて嘘っぱちなのですから。
「貴様など100均の傘、いや、98円の傘で十分だ。次無くしたらそれを買え」
「嫌なこった。ちっちぇえから」
最低でも398円くらいの大きさがないと。京はどうせ無くすくせにワガママです。
痛む頭を抱えて庵が溜め息をついていると、ひょこと青い髪が視界の端で揺れま
した。
何となしにそちらに目をやるとレオナが庵を見ていました。
「なんだ」
「…父さんが傘を無くしてしまうのは、名前をちゃんと書かないからだわ」
レオナのものには全部きちんと庵が書いた名前が書いてあります。だからもし何
処かに忘れてしまっても、誰かしら届けてくれてレオナの元に返ってくるのです
。まぁレオナが忘れ物落とし物をすることは滅多にないのですが。
名前を書いておけば京の傘も戻ってくる、レオナはそう言いたいようです。
「………名前か」
レオナの提案に、庵はちらりと真新しい京のビニール傘に目をやりました。
午前中は保った天気も午後には崩れ、灰色の空からは雨が絶え間なく降り注いで
います。
「おい。傘貸せ」
ガラリと職員室にやってきたK'は暗く沈んだ声でマキシマにそう言いました。そ
の表情も外の天気に負けず劣らずどんよりしています。
「職員室に入る時は失礼します、物を借りたい時は貸して下さいだろうが。…?
もう傘持ってるじゃないか」
マキシマはK'が手にしている傘を認めて首を傾げます。
そう、K'はビニール傘をその手に持っているのです。天気予報で今日は雨だと言
っていたので庵に持っていくよう言われたのでした。
言われてK'はさらに顔を歪めて絞り出すような声で言いました。
「…使えねぇんだよ…」
「?」
骨でも折れてるんでしょうか?別に骨が一本や二本折れてるくらいなら使えるで
しょうに。パッと見なんともないように見えますし、マキシマの目で見ても異常
はありません。
「ん?」
マキシマは白いはずのビニール傘に黒い柄が入っていることに気付きました。
「何か書いてあるのか?」
ぎく。K'はそっと体の後ろに傘を隠します。
マキシマは覗き込むように身を乗り出しました。
「見んな」
「別にいいじゃないか。それ使って帰れば」
「だから使えねぇっつってんだろ」
「どうして」
「どうしてもだ。いいから傘貸せよ」
「何かあるのか?」
「あっ」
簡単にK'の手から傘を奪い取ったマキシマは取り返そうとするK'の力などものと
もせず傘を開こうとします。
「やめろっつってんだろ!開くな!燃やすぞ!」
「何をそんなに嫌がってるんだ」
K'があんまりにもジタバタと暴れ、本当に職員室を燃やしかねなかったのでマキ
シマは惨事に至る前に傘を返してやります。
ほっとしたようなK'にマキシマはますます首を傾げるばかりです。
「その傘のなにがそんなに気に食わないんだ」
見るからに普通だし触っても普通だし。ただ開くのは厳禁ということがわかりま
した。
事情を話さねば傘は貸さないぞと条件を突き付ければ、K'はしばらく口を噤んで
いましたが、やがてぽつりと言いました。
「…名前が、書いてある」
「名前?」
「あと、クラスと出席番号」
「………」
模様のように見える黒い線はどうやらそれらしいです。
K'の言葉に、マキシマはまた違った意味で首を傾げます。
「別に使えないことないじゃないか」
「使えるか!傘一面にデカデカと書いてあんだぞ!!」
自己主張120%。
K'はお年頃ですもの。持ち物に名前を書くなんてダサいし恥ずかしいの一言です
。
犯人は庵。京の書くついでにK'のものにも名前を書いておいたようです。
K'は京が原因という事情こそ知りませんが、庵が書いたのだから無下に扱うこと
も出来ません。ですがこれを使って道行く人に「I am K'(僕はK'です)」と告げな
がら歩くことも出来ないのです。
ジレンマの渦中にいるK'の苦しみは握り締められている右手に現れています。
「…わかった」
傘、貸してやるから。
マキシマはそろそろ泣き出してしまいそうなK'の肩をぽんと叩きました。
帰宅したK'は玄関にびしゃびしゃの靴、そして廊下が濡れていることに気付きま
した。
「庵!!てめぇなんのつもりだ!!」
京の怒鳴り声が聞こえてきます。何ごとかとK'はリビングを覗きました。
其処ではソファに座って楽譜を見ていた庵に濡れ鼠の京が怒鳴りたてていました
。
庵は煩わしいという表情を隠しもしません。
「なんのことだ」
「とぼけんじゃねぇ!!俺の傘になんてことしやがんだ!!」
言いながら京は全く濡れていないプッシュ式の傘を開きました。
K'はなにやらデジャビュを覚えます。
其処には透明なビニールに、デカデカと『草薙京』と書かれていました。それだ
けではありません。
K'と同じく所属している学年とクラス、そしてあろうことか京の通っている高校
名まで書いてありました。
「つっかえるわけねーだろうが!開いた瞬間心臓が止まったじゃねーか!!」
その気持ち、K'もわかります。周りに人がいて、本気でどうしようかと思いまし
た。
京の言葉にも、庵は眉一つ動かさず、ふいと顔を逸らしてまた楽譜を目で追い始
めました。指先がリズムを刻みます。
「貴様が傘を無くすのが悪い。自業自得だ。そうしとけばもし無くしても返って
くるやもしれん」
レオナは喜んだのにとぼやいた庵に、京は「ん?」と思います。K'も「あ?」と
思います。
「…ちょっと待て。てめぇもしかして全員の傘にこれ書いたのか」
「あぁ。(俺の以外)全員のに書いたぞ。貴様のついでにな」
「………」
京は思わず黙り込みましたが黙っていられないのがK'です。
「てっめぇのせいかァァア!!!」
「うぉおっ?!」
いきなり蹴り込まれて、京は紙一重でそれを避けました。さすがは世界の格闘家
。殺意に満ち溢れた一撃、食らったら多分物凄く痛かったです。
「おまっ、いきなりなにしやがんだ?!」
「てめぇのせいで俺の傘まで被害にあったじゃねーか!!」
「あぁ?!俺のせいか?!実行犯は庵じゃねーか!!」
「うるせぇ!全部全部てめぇのせいだ!!!」
傘を開いたときにうっかり隣りにいたクーラに『すっごーい。おっきく名前が書
いてある~』と言われ、これまたうっかり側にいたK9999に『だっせぇな』と嘲笑
われたのも全部全部京のせいです。
庵に罪はない、ということにK'はしたようです。
ギャーギャーと騒ぎ始めた二人を尻目に庵は楽譜から目を離し小さく溜め息をつ
きました。
(…名前は駄目か)
自分のものには書かなかったのが自分からされたら嫌ということを物語っている
と思うのですが。
「…どうしたの」
溜め息を聞き付けたレオナがじっと庵を見つめます。
「なんでもない」
言いながらポンポンとレオナの頭を撫でてやります。高さ的に丁度いい位置にあ
る頭です。
次の作戦はどうしようかと策を巡らせようとしましたが、3秒でやめました。
このまま京にはあの傘を使わせればいい。が結論です。K'はそうそう傘を無くさ
ないので別のを用意してやることにしました。
父VS息子の喧嘩はまだまだ終わりそうにありませんでした。
後日談。
結局名前入りビニール傘を使っていた京。その傘を何処ぞやに忘れてきてしまい
ました。
そして明くる日の校内放送。ピンポンパンポーン。
『3年~組の、草薙京君。忘れ物の傘が届いています。至急事務室まで取りに来
てください』
「…マジでか」
「………また、です」
怒りオーラを放つ庵の前で京は小さくなっていました。
何がまたかと言いますと、草薙京は傘を無くしてくることにかけては達人の領域
、つまり傘を無くしたのです。
もう今シーズンだけで何本傘を無くしたかわかりません。出かける度に無くしま
す。
今回は恐らく学校帰りに寄ったゲーセンに忘れて来てしまったのでしょう。気付
いたら手に持っていませんでした。
今月も家計はピンチ。京の傘などに金を使いたくはないのです。ですが、傘を与
えずびしょ濡れになり風邪を引かれて病院代、薬代の出費も困ります。馬鹿は風
邪を引かないなんて嘘っぱちなのですから。
「貴様など100均の傘、いや、98円の傘で十分だ。次無くしたらそれを買え」
「嫌なこった。ちっちぇえから」
最低でも398円くらいの大きさがないと。京はどうせ無くすくせにワガママです。
痛む頭を抱えて庵が溜め息をついていると、ひょこと青い髪が視界の端で揺れま
した。
何となしにそちらに目をやるとレオナが庵を見ていました。
「なんだ」
「…父さんが傘を無くしてしまうのは、名前をちゃんと書かないからだわ」
レオナのものには全部きちんと庵が書いた名前が書いてあります。だからもし何
処かに忘れてしまっても、誰かしら届けてくれてレオナの元に返ってくるのです
。まぁレオナが忘れ物落とし物をすることは滅多にないのですが。
名前を書いておけば京の傘も戻ってくる、レオナはそう言いたいようです。
「………名前か」
レオナの提案に、庵はちらりと真新しい京のビニール傘に目をやりました。
午前中は保った天気も午後には崩れ、灰色の空からは雨が絶え間なく降り注いで
います。
「おい。傘貸せ」
ガラリと職員室にやってきたK'は暗く沈んだ声でマキシマにそう言いました。そ
の表情も外の天気に負けず劣らずどんよりしています。
「職員室に入る時は失礼します、物を借りたい時は貸して下さいだろうが。…?
もう傘持ってるじゃないか」
マキシマはK'が手にしている傘を認めて首を傾げます。
そう、K'はビニール傘をその手に持っているのです。天気予報で今日は雨だと言
っていたので庵に持っていくよう言われたのでした。
言われてK'はさらに顔を歪めて絞り出すような声で言いました。
「…使えねぇんだよ…」
「?」
骨でも折れてるんでしょうか?別に骨が一本や二本折れてるくらいなら使えるで
しょうに。パッと見なんともないように見えますし、マキシマの目で見ても異常
はありません。
「ん?」
マキシマは白いはずのビニール傘に黒い柄が入っていることに気付きました。
「何か書いてあるのか?」
ぎく。K'はそっと体の後ろに傘を隠します。
マキシマは覗き込むように身を乗り出しました。
「見んな」
「別にいいじゃないか。それ使って帰れば」
「だから使えねぇっつってんだろ」
「どうして」
「どうしてもだ。いいから傘貸せよ」
「何かあるのか?」
「あっ」
簡単にK'の手から傘を奪い取ったマキシマは取り返そうとするK'の力などものと
もせず傘を開こうとします。
「やめろっつってんだろ!開くな!燃やすぞ!」
「何をそんなに嫌がってるんだ」
K'があんまりにもジタバタと暴れ、本当に職員室を燃やしかねなかったのでマキ
シマは惨事に至る前に傘を返してやります。
ほっとしたようなK'にマキシマはますます首を傾げるばかりです。
「その傘のなにがそんなに気に食わないんだ」
見るからに普通だし触っても普通だし。ただ開くのは厳禁ということがわかりま
した。
事情を話さねば傘は貸さないぞと条件を突き付ければ、K'はしばらく口を噤んで
いましたが、やがてぽつりと言いました。
「…名前が、書いてある」
「名前?」
「あと、クラスと出席番号」
「………」
模様のように見える黒い線はどうやらそれらしいです。
K'の言葉に、マキシマはまた違った意味で首を傾げます。
「別に使えないことないじゃないか」
「使えるか!傘一面にデカデカと書いてあんだぞ!!」
自己主張120%。
K'はお年頃ですもの。持ち物に名前を書くなんてダサいし恥ずかしいの一言です
。
犯人は庵。京の書くついでにK'のものにも名前を書いておいたようです。
K'は京が原因という事情こそ知りませんが、庵が書いたのだから無下に扱うこと
も出来ません。ですがこれを使って道行く人に「I am K'(僕はK'です)」と告げな
がら歩くことも出来ないのです。
ジレンマの渦中にいるK'の苦しみは握り締められている右手に現れています。
「…わかった」
傘、貸してやるから。
マキシマはそろそろ泣き出してしまいそうなK'の肩をぽんと叩きました。
帰宅したK'は玄関にびしゃびしゃの靴、そして廊下が濡れていることに気付きま
した。
「庵!!てめぇなんのつもりだ!!」
京の怒鳴り声が聞こえてきます。何ごとかとK'はリビングを覗きました。
其処ではソファに座って楽譜を見ていた庵に濡れ鼠の京が怒鳴りたてていました
。
庵は煩わしいという表情を隠しもしません。
「なんのことだ」
「とぼけんじゃねぇ!!俺の傘になんてことしやがんだ!!」
言いながら京は全く濡れていないプッシュ式の傘を開きました。
K'はなにやらデジャビュを覚えます。
其処には透明なビニールに、デカデカと『草薙京』と書かれていました。それだ
けではありません。
K'と同じく所属している学年とクラス、そしてあろうことか京の通っている高校
名まで書いてありました。
「つっかえるわけねーだろうが!開いた瞬間心臓が止まったじゃねーか!!」
その気持ち、K'もわかります。周りに人がいて、本気でどうしようかと思いまし
た。
京の言葉にも、庵は眉一つ動かさず、ふいと顔を逸らしてまた楽譜を目で追い始
めました。指先がリズムを刻みます。
「貴様が傘を無くすのが悪い。自業自得だ。そうしとけばもし無くしても返って
くるやもしれん」
レオナは喜んだのにとぼやいた庵に、京は「ん?」と思います。K'も「あ?」と
思います。
「…ちょっと待て。てめぇもしかして全員の傘にこれ書いたのか」
「あぁ。(俺の以外)全員のに書いたぞ。貴様のついでにな」
「………」
京は思わず黙り込みましたが黙っていられないのがK'です。
「てっめぇのせいかァァア!!!」
「うぉおっ?!」
いきなり蹴り込まれて、京は紙一重でそれを避けました。さすがは世界の格闘家
。殺意に満ち溢れた一撃、食らったら多分物凄く痛かったです。
「おまっ、いきなりなにしやがんだ?!」
「てめぇのせいで俺の傘まで被害にあったじゃねーか!!」
「あぁ?!俺のせいか?!実行犯は庵じゃねーか!!」
「うるせぇ!全部全部てめぇのせいだ!!!」
傘を開いたときにうっかり隣りにいたクーラに『すっごーい。おっきく名前が書
いてある~』と言われ、これまたうっかり側にいたK9999に『だっせぇな』と嘲笑
われたのも全部全部京のせいです。
庵に罪はない、ということにK'はしたようです。
ギャーギャーと騒ぎ始めた二人を尻目に庵は楽譜から目を離し小さく溜め息をつ
きました。
(…名前は駄目か)
自分のものには書かなかったのが自分からされたら嫌ということを物語っている
と思うのですが。
「…どうしたの」
溜め息を聞き付けたレオナがじっと庵を見つめます。
「なんでもない」
言いながらポンポンとレオナの頭を撫でてやります。高さ的に丁度いい位置にあ
る頭です。
次の作戦はどうしようかと策を巡らせようとしましたが、3秒でやめました。
このまま京にはあの傘を使わせればいい。が結論です。K'はそうそう傘を無くさ
ないので別のを用意してやることにしました。
父VS息子の喧嘩はまだまだ終わりそうにありませんでした。
後日談。
結局名前入りビニール傘を使っていた京。その傘を何処ぞやに忘れてきてしまい
ました。
そして明くる日の校内放送。ピンポンパンポーン。
『3年~組の、草薙京君。忘れ物の傘が届いています。至急事務室まで取りに来
てください』
「…マジでか」
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