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いろいろ置き場

なんか暗かったりするのが多いよ。あとは気に食わないから表に置こうとは思わないんだけどせっかく書いたからとかいうもの置き場。

2025.06.26
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2007.02.21
上の続き。
ここで一旦やめたので中途半端です。

高杉は何ごとも言わなければ動こうとせず、自分の意思もなく虚ろな心を抱えて
屍のように生きていた。
世界が闇に沈もうが日が昇ろうがどうでもよく、松陽が亡くなってからどれだけ
の月日が経ったのかも、今が何月何日の何曜日も把握していなかった。
そのため四十九日の法要には顔を出さず、その行事の存在すら高杉は意識をして
いなかった。
一日中部屋に籠るくらいならと桂に腕をひかれて連れて行かれた学校は、通わな
いうちに学年が上がり違うクラスになっていた。
薬の効果で少しずつ快方には向かっているものの、まだまだ教室で授業が受けら
れる状態ではない高杉を保健室に押し込めて、桂は自分のクラスへと向かった。
もちろん事情を知っている陸奥は快く高杉を迎え入れ面倒を見てくれた。暇を見
て坂本も保健室にやってきたが、誰とも会話する気にはなれない時はベッドに横
たわったままぼんやりと一日を過ごす。
そのくせ中途半端な回復で意思を持ち始めた心は、おとなしくしてると思ったら
左手首の傷口を爪で抉り遊ぶという行為に高杉を走らせた。
見つかり叱られて処置を受けている間も高杉は特別爪の隙間に入り込んだ血肉を
意に介した様子もなく視線を虚空に彷徨わせていた。


「教室、行ってみるか」
ある日の放課後、桂はそう高杉に尋ねてみた。もちろんもう生徒がいる時間帯で
はないので、誰かと交流をと思っているわけではない。単にまだ一度も足を踏み
入れていない教室の場所と席を教えておこうと思っただけだった。


だが思いがけずそれは桂が思っていたより事態を好転させる方向に向かうことに
なる。


高杉は桂に傷ついていない右腕をひかれ教室に連れていかれた。高杉を何処かへ
導くたび桂は毎回掴んだ手首の細さを痛ましく思うが、いつも口には出さなかっ
た。
誰もいないガランとした教室の机は整然としていて、教室の中心から少し後ろ辺
りに高杉の席はあった。
此処がお前の席だと言われても別になんの感慨もなく、むしろふっと目を向けた
窓の外の夕焼けに心を奪われた。
「高杉?」
桂の言葉など耳に入らない様子でふらふらと窓に近付いて外を眺めた。透明な窓
ガラスさえ夕焼けと自分を隔ててほしくなくて、きちんと施錠されていた窓をあ
けた。
外は木の葉が掠れあい音をたてるほどの強風が吹いていて、教室に流れ込んでき
た空気は教室内を荒らしていく。
教室の隅の机の上にあったプリントが何枚もばさばさと風に乗り宙を舞った。
あまりの風に高杉は反射的に窓を閉めたが、紙はばさばさと床に散らばっていく。
「高杉、ちゃんと拾え」
「………」
「高杉」
「………」
至る所に落ちた紙をしぶしぶ拾ってみれば、それは楽譜だった。飛ばされたせい
か少しくたびれてしまっていた。
「…何をしてるでござるか?」
不意に聞こえた声に桂はそちらを向いたが、高杉はじっとその楽譜を見つめてい
た。
桂の視線の先ではヘッドフォンをしてサングラスをかけている男子生徒が扉の所
で二人を見つめていた。
「それ」
サングラスで隠れた瞳は何処を映しているのかわからなかったが、「それ」と言
われて桂は拾い集めた楽譜を見た。
「あぁ、おまえのか。すまん。風で順番がバラバラになってしまった」
「別に大丈夫でござるよ」
桂に楽譜を返すよう言われても高杉はオタマジャクシを目で追っていた。
再度促されて持ち主――万斉へと返した。万斉の手に渡っても高杉の視線はずっ
と楽譜に注がれている。
その様子を見ていた桂はあることを思い出した。
「おまえ、ギターをやるのか」
「あぁ」
「こいつにギターを教えてやってくれないか」
いきなり肩を掴まれ、ずいと前に押し出された高杉は少し驚いたように桂を見た。
「前にギターをやってみたいと言っていただろう」
「………」
桂の言葉に高杉は黙って桂を見つめていた。
「…構わないでござるが」
「恩に着る。こいつは高杉だ。よろしく頼む」
桂が頭を下げた時高杉は桂にぐいと頭を押さえ付けられたが、それに力づくで逆
らう。ちゃんと挨拶しろと言われて、万斉に視線を向けた。
「………よろしく」
「こちらこそ」



そうして高杉は放課後にギターを習うことになったのだが、リストバンドで隠し
てある左手首の傷が痛んで弦を押さえられないことに気が付いた。
「傷が治るまで、歌を歌ってはみたらどうでござろう?」
「歌ァ?」
万斉の提案に高杉はギターを適当にかき鳴らして遊んでいた手を止めた。
万斉はバンドというほどのものではないが、有志で集まってライブをやっている
そうなのだが、ボーカルがいなくて困っていたらしい。
「いつだか晋助が見た楽譜、あれを歌ってもらいたいのだが」
「あれ、おまえが作ったのか」
「そうでござるよ。拙者が作詞作曲担当ゆえ」
「へぇ。すげぇな」
素直に感心してみせた高杉に万斉は無表情でいたがほんの少し驚いていた。
今まで何を話しても高杉は何処かぼんやりとして反応が鈍かったのに。
今度メンバーに会わせると言った万斉に高杉はまた素直に頷いた。



その後その他のメンバーと会い、高杉は知らなかったが万斉達はなかなかの人気
をすでに獲得していて高杉を驚かせたが、高杉がボーカルを務めたライブは成功
を収め、高杉にファンが出来た。
「晋助様の歌声に感動したっス!あたし、来島また子っていいます」
同じ高校の一つ下の女生徒だった。
次第に深く沈みきっていた心が上向いていっているのは誰の目から見ても明らか
だった。
よく笑うようになったし、朝は遅刻しても一人で学校にきて授業を受けるように
なった。



「晋助は少食でござるな」
「あァ?」
昼休み、購買で買ったフランスパンにレタスとハムをハサミ込んであるパンと500ml
のパックジュースだけで済ます高杉を見て万斉はそう言った。
日によってはそれにもう一つ小さなガーリックパンがついている日があるが大抵
はそれはなしだ。
「それでよく足りるものだ」
「充分だろ」
「昨日はサラダと飲み物だけでござった」
「ベジタリアンなんだよ」
シャクシャクとレタスを咀嚼して高杉は素っ気なく答える。高杉は十分と言った
が単に飲み物での水っ腹なだけだ。

昼休みも終わりに差し掛かり、万斉は時計を見てそろそろかと見当をつける。そ
れから高杉を見たが、高杉は違う方を見てパックを空にするのに専念していた。
「高杉」
桂が自分のクラスからやってくる。それは毎日のことで万斉はもう桂が来る時間
帯を予測できる程になっていた。
途端に嫌そうに顔を歪める高杉を万斉は眺めていた。コロコロと変わりやすい表
情は見ていて飽きない。会った当初の無表情さが嘘のようだった。
あの頃硝子のようだった目は意思を持ちただ真っ直ぐ世界を映しているように見
えた。
それは高杉と接している誰もが抱いている思いで、誰もがそれを喜ばしく思って
いた。
「なんだその顔は」
「いい加減うぜーんだよ。毎日毎日」
「仕方あるまい。おまえに委ねてたらどうせ飲み忘れるだろうからな」
「………」
むっつりと黙り込んだ高杉に桂は薬を数錠と水を渡す。
万斉はその薬が何の薬かは知らない。敢えて聞こうとはしなかった。
「…ぅー」
薬を水で流し込んで眉を潜めている高杉はトントンと自分の胸を叩いた。何錠も
まとめて飲むため錠剤が胸を圧迫している気がするのだそうだ。
「よし」
桂はそれを見届けて、用は済んだと言わんばかりに自分の教室に戻っていく。
「なんだかお母さんとむずがる子供みたいでござるな」
「はァ?馬鹿じゃねーの」
あんなのが母親だったら俺はグレるとまだ胸に残る異物感に険しい顔をしている
高杉は言い放ったが、万斉の目にはそうとしか映らない。




さらに月日が巡り、松陽がいなくなった季節は足音もなく静かにやってきた。
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