野球場で山ヒバ

     ...2005/09/23(Fri)  No.253  

 「タダ券あるんだけど行かねぇ？」
ヒバリにデートのお誘いをしてみた。
「………」
ヒバリはじっと俺の方を見て、一言。
「興味ないよ」
まったく取り付くしまがねぇ。

あがった歓声が試合展開を告げる。
ワンアウト、カウントツースリーでのヒット。これで塁に二人でた。
ここは野球場、ドーム。
俺は特別応援している球団の応援席にいる訳じゃなかったから、ちらりと、隣りにいるヒバリを見た。
ヒバリは内野席、背もたれに寄り掛かってつまらなそうに球場を見ていた。
興味ないと一蹴してくれたヒバリをどうにか引っ張りこんで、応援がうるさい外野席は避けて内野席に座った。
と言っても、タダ券だから内野自由席だが。
「んなつまんなそうな顔してんなよー」
「だってつまらないんだから仕方ないだろ」
ぼったくたりのような値段のジュースを飲みながらヒバリはけんもほろろに言い放つ。
「来てやっただけありがたいと思いなよ」
「へーへーそうですね、ありがとうございますよ」
普通は誘われた方が礼を言うもんじゃねぇかなぁとか思ったけど、んなこと言ったらヒバリ絶対帰っちまうから言わない。
せっかくヒバリと野球見にきてんだから、最後まで一緒に見てきたい。
ヒバリは一度も俺の方を見ない。俺はヒバリを見ているというのに。
また歓声が聞こえたが俺はヒバリから目を離さない。
「…余所見してると」
俺の視線を無視し続けてたヒバリが、俺に声を掛けた。
何を言い出すのかと思ったその瞬間。
外野席からの歓声に驚いて俺は慌てて球場を見た。
舞い上がった白球が放物線を描き相手の外野席に落ちた。
「大事な場面を見逃すよ」
満塁ホームラン。ダイアモンドを一周するバッター。歓声は最高潮。応援席も湧いている。
「あっちゃー…」
一人周りの流れに乗り損なった俺はとりあえずバッターがホームに戻ったのを見届けて頬を掻いた。
視線を感じて、俺は目だけヒバリに向けて、心臓が止まるかと思った。
笑ってた。ヒバリが。口許だけの笑みだけど、確かに笑ってた。
ヒバリはよく微笑ってる、人を殴ってる時とか、すっげー凶悪に笑ってるからヒバリの笑み自体は珍しいもんでもねーと思うけど、けど。
おかしそうに、笑ってるのは初めてだったから。
思わず視線が外せなくなって固まってたら、ちらりと俺を見たヒバリはもう笑みを消して「またよそ見してるの？学習能力がないんだね」なんて言って試合に目を向けてしまった。

俺は試合を見てるフリをしてちらちらとヒバリを見たりしたけど、ヒバリが笑うこともさっきみてぇな満塁打も出ることもなく、結局５対８で、俺たちの応援席の球団は負けた。

「負けちまったなー。ちーっくしょ。リリーフ陣が今イマイチなんだよなぁ。ヒバリはどう思う？」
「知らないよ、こんな玉遊びのことなんて」
「つれねぇな。今度キャッチボールでもやってみっか？」
「冗談でしょ」
冷ややかに笑みで流されてしまった。
混雑してる電車を嫌って観客の波が引くのを待つ。
「なー、楽しかった？」
「別に」
「結構真剣に見てたじゃんか」
「そんなことない」
「そ？」
「…君は大事な場面見逃して悔しいんじゃない？」
「あ？」
どの場面のことを言われてるのかわからなくて、ぽかんとしてヒバリを見たら「満塁ホームラン」と付け足された。
今日の試合唯一盛り上がったのもそれくらいで。あぁ、と納得した。
「あー…まぁ、他にいいもん見れたから別にいいや」
「？なんかあった？」
「うん。あった。俺には」
「…別にどうでもいいけど」
笑って答えればヒバリは不思議そうにしながら眉間に皺寄せてふいと顔を逸らしてしまった。
俺はまだ笑ってる。思い出し笑い。
ヒバリが笑ってたあの一瞬。
それだけで見逃したホームラン以上の価値がある。
「何にやにやして…。気持ち悪い」
「いや、プレイボールだなぁと思ってよ」
「意味分かんないよ」
プレイボール試合開始だ。
ヒバリが笑ってんのがもっと見たい。
延長１２回でも１３回でも耐え抜いて、逆転サヨナラホームランでも打てりゃあ気分は上々、負ける気はしねぇ。
なっとヒバリに笑いかけたら「ウザイ」と顔を背けられてしまった。
一回表は第一打席は三振だろうが、負けねぇよ。俺。